歌手で俳優の福山雅治が24日、パーソナリティーを務めるTOKYO FM「福山雅治 福のラジオ」の中で、サラリーマン時代の初任給のエピソードや、デビュー後の初印税について語る場面がありました。

私は存じ上げなかったのですが、福山さんは高校卒業後、地元である長崎の電気機器メーカーに就職し、5カ月ほどサラリーマン生活をしていたようです。
「僕らの時代はね、とにかく親にいくらか渡すみたいな感じ」とし、「社会人になったので生活費を入れるという約束だったから、半分とまでは言わないけど、おそらく2~3万だった」
初任給のうち3万円程度の生活費を実家に入れていたことを明らかにしました。
私はこの話を聞いて、『福山雅治さんでも、初任給で2〜3万円程度の仕送りをする程度しか収入がなかったんだな』と驚きました。今は日本人で知らない人はほとんどいないと言っても過言ではない福山雅治さんが時代背景こそあれ、サラリーマン時代は推定で手取り10万円台で働いていたことがわかりますよね。
その後、80年代後半に芸能界入りし、90年に歌手デビュー。デビュー曲「追憶の雨の中」の作詞作曲を手掛けたが、初めての印税は高くなかったという。ほとんど生活費に消えて、ミュージシャンの魂であるギターを買うこともできなかったそうです。
一流芸能人の福山雅治さんでも、若かりし頃は苦労をされたんだなと感じます。福山さんのようなイケメンが会社に居たら、かなりの話題になっていただろうと思いますが、当時はどうだったんでしょうね。
そんな福山さんも、大きなリスクを負って芸能界に飛び込んだからこそ今では大金持ちですし、お綺麗な芸能人の奥さんと、可愛い子供に恵まれ、幸せな生活を送っているのだと思います。
もちろん福山さんのポテンシャルがあったからこそ一流になれたのだろうと思いますが、リスクを嫌ってサラリーマン生活を送っていたとしたら、普通の一般人として幸せにはなれたかと思いますが、収入面で言えば圧倒的にサラリーマンよりも芸能界に入ったことで上昇したことだろうと思います。
芸能人は基本的に”自営業者”です。独立して事務所を立ち上げ、法人化している人も多いですが、自分の実力だけで生き残る世界だと思います。
なので、どれだけすごい人でも注目を浴びなければ生活していくのもままならない人も多いでしょう。それだけハイリスクですがリスクを覚悟で挑戦した結果、素晴らしい結果につながったのだと思います。
誰しもが一流芸能人にはなれませんので、福山さんの生き方をそのまま再現することはできませんが、リスクを嫌がっていては、福山さんの成功もあり得なかったでしょう。
我々一般人が、ちょっとしたお金を失うリスクを恐れて何も行動しないのは、果たして賢明なことだろうかと思います。一流芸能人になることができるのは、ほんの一握りの人だけですが、投資を通じてそれなりのお金持ちを目指すことは、案外誰にでもできるものです。
難しいことだと勝手に決め付けて行動しないのが一番ダメですし、理解しようとしないのはもっとアウトです。リスクを負って行動を起こした人だけが、お金を得ることができるのです。それを肝に銘じておきましょう。