【悲報】”普通の幸せ”を手に入れるのに、死ぬほど苦労しなければならなくなったのに貧しさを感じる。

マネー論
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今月20日、twitterに投稿されたあるツイートが大きな反響を呼びました。週刊少年ジャンプの看板作品として、20年以上その地位を守り続けている『ワンピース』ですが、最近は、すでに連載が完結したにもかかわらず、『鬼滅の刃』や『チェーンソーマン』(チェーンソーマンは第1部が完結)といった、ここ数年の間に連載が開始し、爆発的な人気を誇った作品に話題をさらわれがちです。

最近のワンピースが間延びしてしまっている感じは否めないため、新しい作品に話題を持っていかれるのも仕方ない面はあるかもしれません。チェーンソーマンの連載が開始した頃には、すでにワンピースは現在連載中の”ワノ国”編に突入しており、話がほとんど進んでいないことが分かります。

ただ、ここ数年の間に連載が始まって人気を博した作品と、日本の景気が良く、希望があった時代に連載が始まった作品とでは、主人公の性格に大きな違いがあることは明らかです。

ここ数年の間に週刊少年ジャンプ内で連載が開始し、爆発的に人気になった主人公に共通する点は、”普通に生きること”が困難で、”普通の幸せ”を手に入れるために命を賭けて運命と戦う物語が多かったです。

これは、週刊連載のマンガというコンテンツが、名ばかりの『少年』マンガであり、成人している社会人などがメインターゲットとなったことで、マンガというフィクションの世界でも、夢を見ることができなくなった人が増加傾向にあるということではないでしょうか。

フィクションの世界で言うと、他にも昨今では異世界転生モノの『なろう系小説』と呼ばれる作品が人気を博しているようです。

異世界転生モノの物語の構成は実にシンプル。もともとはブラック企業に勤める社畜だったり、冴えない引きこもり、中年ニートなどが、ある日交通事故などで命を落としたことをきっかけに、異世界に転生し、神様から授かったチート級の能力を利用して、異世界で無双すると言う、何ともご都合主義なストーリー展開です。

しかし、これがまた、ちらほらとアニメ化する作品が出てくるほどの人気ジャンルとなっているのである。いかに現代の日本人が、現実社会に希望を見出せず、異世界にでも生まれ変わりたいと考えているかがよくわかるのではないでしょうか。

現在の日本は、一億総貧困とも言われるほど、中流階級がすでに相対的貧困にさらされているほどの危機的な状況にあります。”普通の幸せ”を求めるのに死ぬほどの努力を有する現在の日本はやっぱり貧しいと言わざるを得ません。

アフリカやアジアの貧しい国では、学校に通うことができず、働き手として家計を支えている子供が普通にいるというような国もありますが、かつての日本、ちょうど『鬼滅の刃』の時代背景である大正時代には、日本も貧しく、学校に通えないなんて言うことが当たり前の時代でした。事実、主人公の竈門炭治郎は、現在の日本では中学生相当の年齢にあたります。

しかし、我々の祖先の弛まぬ努力と経済成長によって、今のように普通に学校には通える程度の豊かさは確保できたのです。とは言え、それはあくまで義務教育的な範囲の話。子供にそれなりにお金をかけて教育を施してあげようと考えれば、とてもじゃないが生活が回らなくなると言うご家庭は日本中に存在しているのです。

子供の将来を考えて、教育に力を入れると言うのは、ある種”普通の幸せ”の範疇に入ることだと思いますが、それでもそれが贅沢なことであると判断しなければならない程度に、我々は貧しくなっているのです。

現在の日本の将来には、期待できるような輝かしい未来は待っておらず、おそらく今後も徐々に、徐々に、貧しくなっていくことは避けられないだろうと思います。

そんな時代だからこそ、我々は普通の幸せを手に入れるために、死ぬほど、努力しつけることが必要だと言うことが身にしみてわかるでしょう。私も自ら調べ、考え、たどり着いた答えを元にコツコツと投資をしています。私は元々数字を見るのが好きだったので、死ぬほどの努力だと感じていませんが、決算書に目を通すというだけでも、かなりの努力を有すると言う人も中に入るでしょう。

しかし、精一杯、努力をしてやっと”普通の幸せ”が手に入る程度には廃れ始めている日本ですから、あなたもボーッと生きて、何でもかんでも時代や社会のせいにしているだけでは、”普通の幸せ”すらも届かない、悲惨な老後を迎える可能性もあります。普通に幸せに生きて行きたいと思うなら、毎日少しずつでも、前進できるように努力を続けて欲しいと思います。

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