今からおよそ5年前の2015年4月、米・シアトルにある、とあるベンチャー企業の決断が大きな話題を呼びました。
シアトルの決済代行会社「グラビティ・ペイメンツ」のCEO、ダン・プライス氏が、当時110万ドルあった自身の役員報酬を7万ドルまで減額。代わりに社員の最低年収を7万ドルにすると発表したのです。
当時30歳という若さで大きな決断をした彼は称賛され、一躍時の人となった一方で、社会主義的だ、売名行為だ、といった批判も多く、物議を醸しました。
それから5年、彼の会社の現状をダン・プライス氏自身が報告した記事を発見しました。

彼の報告によると、
「2015年に7万ドルの最低賃金を始めてから
・私達のビジネスは3倍に成長した
・自分の家を持つ従業員数が10倍になった
・退職金制度401Kへの支払額は倍になった
・70%の従業員が借金を返済した
・子供を持つ従業員数が10倍になった
・転職率が半分になった
・76%の従業員が積極的な姿勢で仕事に取り組んでいる、これは国平均の2倍」
とのことで、彼のビジネスが、話題を呼んだ5年前と比較しても、かなり好調なペースで伸びていることが明らかになりました。特に顕著なのが、自分の家を持ったり、子供が生まれた従業員が以前の10倍にも伸びたという事実です。子供が生まれたことでマイホームを検討する従業員が増えたのかもしれませんね。それができるというのも収入が増えたことが要因だと言えるでしょう。
このような給与体系は失敗するだろうと言われていましたが、低収入の従業員の年収を底上げしただけでなく、最低年収の水準が高いのであればと、同社に優秀な従業員が入社し、より良いシナジーを形成する結果につながったかもしれません。
転職率が下がったことも、収入の水準が上がったことがそのストッパーの役割を果たしていると言えるでしょう。人によっては、もしも転職したからと言って、同じ水準の給与を獲得できるかどうかはわからないですからね。
株主としての観点からすると、もちろん人件費は削れるだけ削った方が良いですし、実績に応じてそれに見合った給与を与えるのが適切だと思いますが、一方でサラリーマンとしての観点から見るとこういう企業に魅力を感じる気持ちもわかります。サラリーマンとして働く魅力は結局のところ『安定した収入』ですからね。
私はまだまだ投資だけで食べていけるほどの資産を有していないですし、サラリーマン収入がなければコツコツと積立再投資をすることも困難です。そのため、高収入を求めて転職を続け、今の会社に落ち着いて2年少々が経ちました。東証一部上場企業で都内に本社があるということもあり、収入の水準は関西で仕事をしていた頃よりもはるかに上がりました。ハッキリと言って、都内の方が生活費がかかるというのも半分ホントで半分嘘です。家賃はさすがに高水準ですが、それ以外の生活費に関してはそれほど変わりません。
光熱費は日本全国どこにいても、それほど大きく変わるわけではありませんし、食料品も劇的に値段が変わるというほどのものではありません。必要な生活費は上がりますが、それ以上に収入が上がっているので、余剰資金の貯まり方もどんどん加速しています。
それだけの収入をいただいておりますので、多少であれば我慢できる場面もありますし、結局、人心を掴むには『お金』というのは大切なツールだと思います。
ですが、日本の企業は今でも多くの企業で『やりがい』だけを頼りに従業員から搾取している場面があるのも事実です。もちろん仕事のやりがいは大切ですが、それだけを盲信させて安い賃金で働かせるのはあまり得策とは言えないでしょう。
そうやって安月給で過酷な労働をしている従業員はいずれ身体を壊すか、退職するかのどちらかです。そうやって壊れた従業員の代わりを補充し続けることによって、そんなブラック体質の企業は、『一部の生き残ったハラスメント上司』と、『すぐに入れ替わるため、いつでも新人程度の知識しか持っていない従業員』の二極化が進み、結果的に効率よく事業を展開することができなくなるのです。
私自身、20代半ばの頃は、とあるベンチャーIT企業で経理課長として仕事をしていました。その企業はIPOを目指しているというので、仕事自体はとてもやりがいがあり、それに魅力を感じて入社したことは確かです。しかし、実態は少人数でのオペレーションが当たり前となっている状況で、一人当たりの業務量も尋常ではなく、しかも社長は遊び歩いているので、管理部門である経理は社長の金庫番みたいな扱いも受けていました。
経理とは全く関係ない、会社のブログ更新なんかもさせられましたね。その頃にWordPressを利用していたので、私もブログを始めるときに違和感なくWordPressを導入できたのでその点は良かったですが・・・
そんな多岐にわたる業務をしていたおかげで、月平均150〜200時間くらいの残業があり、週に2、3回しか家に帰れないという時もありました。夜中の2時に仕事をしていると、社長から管理部門全体に呼び出しを食らって、着いた先のキャバクラでどこのITベンチャー社長かわからないような人と夜な夜なパーティに参加させられることもありました。(別にいかがわしいものではありません。念のため。)
IPOという業務に魅力を感じていましたが、企業としてのダメさ加減に愛想を尽かし、1年足らずで退職しました。当時は年収にして400万円ちょっとでしたが、役職者扱いなので残業代が出なかったことを考えると、かなりの低賃金だったでしょうね。改めて計算するのも嫌です。
同じITベンチャーでもやりがい搾取する企業と、高所得を約束してくれる企業であれば、私は断然後者を選びたいですね。大企業ですらやりがい搾取するような会社はごまんとあるので、ベンチャーに限ったことではありませんが、従業員は高収入を与えればやる気が満ち、業績が改善されるというのを改めて実証したというのは、5年前のダン・プライス氏の決断が大変意味をもっていたということになります。
まあ、ベンチャー企業だから5年で3倍くらいの成長はしないとダメだろうと言うような厳しい目もあるかもしれませんが、彼の決断でこの企業が注目を浴び、優秀な人材を確保することができたのは特筆すべきことではないでしょうか。
開業から5年間と言う期間の間であっても過半数の企業は倒産すると言われていますからね。彼のマーケティング力は見習うべきだろうと言えるでしょう。
日本でも同様に幸福度を高めるだけの給与を支払う企業が出てくれば、面白いとは思いますが・・・なかなかこれは難しいでしょうね。ただ、従業員のやる気を引き出すのは『高い給与』だと言う、経営者には不都合な現実を直視し、覚えておくべきではないかと思います。